殺破狼の設定考察
私訳しながらいくつか考えたので、妄想にお付き合いいただきたい。
もちろん、フィクションに対する考察なので、自由であろうと思う。
なお、🐙ちゃんが何かわかるところまで行ってない人は、大いにネタバレされるので要注意。🐙ちゃんまで行けばいいかな。

年齢について
長庚は地の文では「14歳に満たない」という文があるが、のちに江南で了然が「あの頃12歳でしたよね?」と思うシーンがある。
都での初めての正月で14歳になった、ということなので、雁回を出るときは13歳。ただ、それはおそらく数えではなかろうかと思うので、そうすると雁回を出るときは満12歳かもしれない。狼のところが10歳くらいなので、やはり12歳かもしれない。
曹娘子・葛胖小コンビは長庚よりも2歳下なので、10歳くらい
顧昀19歳から20歳くらい。経歴を考えると、15歳の初陣、17歳で西域。18歳で北疆で長庚を救って、2年後(正確には真冬に救って真夏の雁回から始まるので1年半くらいか?)なので、20歳。くらいか。
沈易は、雁回では、二人は兄と弟を名乗り、沈易が兄ということになっていた。
顧昀と沈易の関係は、顧昀の父親の母の縁の、友達兼お守り。貧乏を絵に描いたような顔をしているが、一応名門という設定。巻二で沈家のことがわかるが、没落したというよりも、顧家が顧慎の代に格がぐんと上がった模様。年齢が近く、本作ではそれなりに世代がどうのという話をするけれど、二人はかなり対等なので、世代も同じではないかと思われる。例の祖父にあたる人が、顧昀の父方の祖母の兄弟ではないかと思われる。つまり顧昀のまた従兄弟に当たるのではなかろうかと思われる。下剤のいたずらの件もあるので、顧昀と5つも変わらなさそう。せいぜい2つ?
了然・陳軽絮も年齢不詳だが、番外編で、了然が14歳で陳軽絮がほぼ同い年。顧昀の初陣なので15歳。(了然と陳軽絮はひょっとすると世間を知らない男の子と世間慣れした女の子なので、正確には了然14歳、陳軽絮13歳かもしれない。)
番外編では
了然・陳軽絮 14歳くらい。
顧昀 15歳
ということで、
序段階では
曹娘子・葛胖小 10歳ごろ
長庚 12歳−13歳ごろ
(出てこないが)了然・陳軽絮19歳ごろ
顧昀 20歳ごろ
沈易 22歳ごろ
巻一が終了した段階で
曹娘子・葛胖小13歳くらい
長庚15歳(のちに江南で〜の頃は15歳だったという発言があるので決め打ち)
了然・陳軽絮 23歳
顧昀24歳前後
沈易26前後
巻二の始まった段階では、巻一の終わりから四年後である。
曹娘子・葛胖小17歳前後
長庚19歳
了然・陳軽絮26歳前後
顧昀27歳くらい
沈易30前後か。
巻三・巻四は巻二の終わりからそのまま続いている。
顧昀と長庚の血縁関係
顧昀が長庚が自分と距離を置こうとするのにショックを受けて「長庚は実子ではない上にそもそも血が繋がらない」と頭を抱えているが、この二人は全く血が繋がっていないわけではない。
顧昀は初代皇帝(武帝)の唯一の外孫。
長庚は二代目皇帝(元和帝)の子。
初代は娘夫婦に継がせず、傍流から迎え、二代目は公主のことを叔母と呼び、顧昀を弟と呼んだ。なので顧昀と二代目は世代が同じという設定と考えられる。
元和帝は武帝の兄弟もしくは父方の従兄弟の孫にあたると考えた方が良さそうだ。
元和帝と顧昀の年齢差については、長公主が武帝の最晩年の子の設定なら通るだろう。
梁の設定について
「大梁」と本文で書かれているが、これは良くあることで、意味は「我らが偉大なる」、みたいな。なので王朝名としては「梁」。
今でもお隣には大統領制でありながら「大」をつける国もげふんげふん、ほら、Great Britainと呼ばれる島もあるじゃないですか、ほら。
中国史上、「梁」という国はいくつかあるが、いずれも中国を統一するに至らなかった。もちろん本作はフィクションであるが、設定を考えるにあたって多少手がかりはある。
都はどこか
春節の頃に雪が降るような地域である。
都から遥か遠くの江南へ行き、「南京」で、という設定なので、江南に属する南京は候補から外れる。統一王朝が置いた都を考えると、北京(元・明・清)・開封(北宋)・長安(秦・前漢・隋・唐)・洛陽(後漢)あたりが候補に上がろうか。
巻二では、「東都」という言葉が出る。
東都があるなら西都がある可能性がある。実際に西の長安に対する、東の洛陽が「東都」。
しかし、長安に都があるならば、西域はあんなに遠くないのではないか、比較的近いのではないかと思われるのだが。ただ、楼蘭までいくと、長安はそれなりに距離がある。
東京開封府(北宋)では開封を「東」と呼んでいるので、この東都とは開封のことかもしれない。
巻三で都は北京決め打ち
巻三で「大沽港が襲われるのではないか」という発言がある。ここでおそらく北京であろうと予測がつく。大沽港とは天津市にある港である。なので、おそらく北京で確定。
東安城の戦闘があるが、元朝の東安州、明朝の東安県が北京近郊にあるようなので、やはり北京で決め打ち。
また、都の人たちのセリフでよくわからないものを百度で引くと、東北方言ということが結構あって、やっぱり都は北方にある。北方にあった都は、やはり北京と踏んでいる。
仏教
この国は仏教が盛んという設定で、その前の王朝は道教が盛んだったという設定になっている。道教が盛んなのは、隋唐から宋にかけて。元になると、チベット仏教への傾倒を弱体化の一つにあげるのが、私の頃の大学入試レベルの世界史の知識だった。
南北朝時代の南朝(つまり、隋による統一前。小野妹子が遣隋使として隋に行くのが西暦600年と思い出していただければ、西暦500年代あたりと見当がつく)の梁は、河上麻由子「古代日中関係史-倭の五王から遣唐使以降まで」2019年中公新書によると仏教が盛んだった模様である。宋・梁から朝鮮半島、日本へと仏教が伝来していく模様が描かれていた。
手のひらサイズの東瀛列島の人々は梁の影響を受けて仏教を厚く信仰するのだという表現が殺破狼の本文中にある。南朝の「梁」が本作の梁のモデルの一つと考えても良いと考えた。
結構面白いのでオススメである。↓
時代は?明以前ではなさそう?
南朝の「梁」の都は建康、つまり今日の南京である。 本作では江南の「南京」という都市名が出るが、現在の南京が南京と呼ばれるようになったのは、明朝である。かの地を首都として明は成立し、のちに明が北京に遷都する。つまり、北の都の北京、南の都の南京というわけである。
もう一つのヒントは、元号が皇帝の諡号(というか、通称?)になっていることである。元和帝は元和年間の皇帝という意味ではない模様だ。
一世一元を定めたのは明の朱元璋で、清もこれに倣った。
この二つから、時代設定としては、明朝以前ではなさそうである。
また、包囲戦のところで長庚が了然に「前の王朝は宦官に力を与えすぎ」と話している。中国の王朝で宦官といえば明。
これを裏打ちするのが、東瀛人である。彼らは湾曲した刀を使い、忍者みたいな連中(回転手裏剣を使う)も出てくる。手のひらサイズの東瀛列島に住んでいるらしく、明らかに日本人がモデル。
さて明末清初の、内憂外患を思い出して欲しいが、明にとっての外患の一つが倭寇だった。私が高校生の頃には、倭寇は前半は日本人メインで一部高麗人だったが、後半になると日本人は秀吉の海賊禁止令で消え、海禁に抵抗して東南アジアに拠点を移した中国人などの混成だったと学んだ。
1644年に李自成が明を滅ぼし、李自成は満州族の清に滅ぼされる。その動乱期を中原人(=漢民族)が北方から女真族(満州族)の侵入を許さずに、新たな統一王朝として成立させたのが、この「梁」という設定の可能性がある。
そうすると、天狼族=女真族で、この扱いに困っている設定が通じる。ただ、天狼族はテングリを信仰していて、女真族はツングース系。ちょっと違うのかな?と思うがそこはフィクションですし。
また、史上最もキリスト教徒を迫害したのは、ローマ帝国だが、二番目は日本じゃなかったっけ…秀吉の1587年のバテレン追放令から家光時代の島原の乱あたりまで。(なお、秀忠時代の長崎の大殉教は、元和の大殉教…お、おう)「幕府」と教皇の関係を考えると、あれが秀吉から徳川幕府の時代というのは微妙。と思うが、そこはフィクションですし。
朝鮮出兵(1592年、1597年)の頃に、教皇がそんなに迫害しないでくれ、その代わりに一緒に明を攻めに行こう、楼蘭計画でこういうことをしていて…と交渉した設定…。
いやいや、そこはフィクションですし。
明の外患に戻ると、もう一つの明の外患は北方の騎馬民族である。北西側のオイラト、北東側のタタル。どちらもモンゴル系である。なので、天狼族にはピッタリである。
オイラトが、明の正統帝(英宗)を拉致(皇帝が野戦で敵に捕まった、始めで最後の例)した土木の変が1449年。
英宗が拉致されたあたりからの、別の世界線を想定してみるとそれなりに成立するような気がする。
1449年あたりから混沌を迎え、初代皇帝が梁を成立させたのが1500年前後と考えてみよう。欧州では大航海時代が始まる。
ヨーロッパ・キリスト教
1492年コロンブスのアメリカ到達。ヨーロッパは大航海時代を迎える。
1500年代には海路沿いにヨーロッパ人が中国に渡り始める。
1542年に日本に鉄砲伝来(種子島)。
1549年フランシスコ・ザビエル日本に上陸。
1601年マテオ・リッチ 北京入場
おお??あの「教皇」は??
日本
1467年から応仁の乱。
1500年ごろは、大内義隆の最盛期。
1542年に日本に鉄砲伝来(種子島)。
1560年に桶狭間の戦い。
1587年バテレン追放令
1600年関ヶ原の戦い
1637年島原の乱
ということで。キリスト教徒とも縁が深いし、最後のあの人は長生きした世界線の大内義隆か、その子かなあと思うのだけど。大内義隆なら、一緒に明を攻めに行こうぜと言われたら…行く??
大内義隆が陶隆房を返り討ちにし、山口遷都計画が成功した、もしくは足利将軍を排して将軍になりましたという世界線かもしれない…日明貿易やってたし。(いや、あいつ性格的に無理じゃないかな…)

